今朝、理由もなく
ふっと「3月21日」という日付がよぎった。
それは、
長男の前にお腹に宿った子の流産手術をした日。
そして改めて気づく。
その日は――春分の日が明けた日。
春分は、
昼と夜
生と死
光と影
すべてが等しく釣り合う日。
境界ライン
の、越えた先。
……ここでも、そう来たか。
私は、境界に立つ人。
ずっとそう生きてきた。
今になって思う。
あの日の出来事もまた、
ずっと前から今の「ここ」に繋がっていたのだと。
気づいた瞬間、
涙が溢れた。
それは悲しみではなかった。
心の奥底にしまわれたまま、
整理されないまま残っていた
「愛の記憶の扉」が、
そっと開いた感覚だった。
私は、
夢で名前を教えてもらった
康孝(やすたか)くんの服を
長男のお下がりとして着せ、
先祖供養として
毎日お経をあげ、
私なりに、
その小さな命と向き合い続けてきた。
やれることは、
やってきたと思う。
けれど――
本当の意味で
「見送る」というところまでは、
辿り着いていなかったのだと、
今なら分かる。
時間がかかった。
25年。
でもそれは、
統合を急がなくて済む人生を
私は選んでいた、ということでもある。
統合は、
安全になったとき、
自然に起きてくる。
無理に癒すものでも、
乗り越えるものでもない。
失ったものを癒すのではなく、
失いそのものを
人生に溶かしきったとき――
統合は起こる。
今、私は、
この出来事を
自分の人生の中の
「正しい位置」に置くことができた。
身体が理解した。
わたしという人生の文脈に、
この出来事が
確かに組み込まれていった。
私は今、
自分の意思で
境界ラインに立っている。
生と死を分けずに抱ける感覚
失っても、繋がりは消えないという確信
境界に立っても、壊れない自分への信頼
それらは、
康孝の命を通して
ここまで生きてきたからこそ
受け取れたもの。
彼があの日、去った意味。
今なら、受け取れる。
これは、
大きな意味での統合であり、
元夫との間に残っていた
エネルギーを完全に残さない統合でもある。
夫婦としての役割
物語を続ける必要
感情で引き合う関係性
更新されることのない役割は、
ここで完全に終了した。
これはスピリチュアルなのか。
もう、
そう問いかけること自体を超えている。
ただ、
流れの中で起きていること。
大切なのは、
どんな出来事からも逃げず、
否定せず、
自分を見続け、受け入れること。
何年かかってもいい。
点と点が線になったとき、
人は自然と腑に落ちる。
涙は、悲しみからではない。
統合が起きたときの、
身体の反応。
感覚だけを残して去った彼を、
私は今、受け取り、循環させている。
円環―
それは、
私の生きる力として
戻ってくる構造。
康孝。
最後に残っていたことを
思い出させてくれて、ありがとう。
私は今、
深い静けさの中にいる。
これは、
統合における
ひとつの物語。
ここに記しておく。
必要な方に、
届きますように。
咲泉 光


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